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横浜地方裁判所 昭和33年(わ)1645号 判決 1959年11月30日

被告人 森本正夫

昭一二・二・一五生 店員

鈴木守雄

昭一四・一・一生 店員

主文

被告人森本正夫を死刑に、同鈴木守雄を無期懲役に処する。

領置にかかるビニール製財布一個(昭和三十四年地領第九〇号の九)は被害者小室義秀の相続人に還付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人森本正夫は本籍地において森本重秋、中村芳子の長男として生れ、同地の中学校を卒業後、農家の手伝いや、砕石工場の工員などをしていたが、母親が酒癖の悪い父親と別居するようになつてからは父親の許にいることを嫌い、昭和三十年四月頃から横浜市港北区恩田町の叔父の家に寄寓し農業の手伝い等をしているうち同年六月頃から母親の世話で相模原市橋本二百三十三番地の三精肉等販売業小室義秀方において住込店員として稼働するに至つたが、昭和三十三年一月頃主人義秀と些細なことから口論のあげく同店を飛び出し、一旦は三島市大中島の呉竹精肉店こと後藤正夫方に職を転じたものの同年五月頃当時熱海市よろずや旅館において女中をしていた母親のとりなしで再度小室方に雇われ、肩書住居の小室義秀の次男小室光康方において被告人鈴木と起居をともにしながら主として同家の農業の手伝いや、養豚あるいは豚の屠殺等をするかたわら時折前記義秀方に赴いて精肉販売等の仕事に従事していたもの、被告人鈴木守雄は本籍地において鈴木幸吉、矢部ハツの長男として生れたが幼なくして父親が出征したため新潟県中蒲原郡小須戸町の母親の実家に預けられ、その後父親も復員し本籍地の小学校を終え、中学校に進んだが、この間父母が離別し、継母との折合が悪かつたため父親の許を飛び出し、立川市内等において米軍人相手の街頭靴みがき等をして浮浪生活をしたり、あるいは叔父方で鳶職や日雇等をしたこともあつたが、右叔父方を家出中に奈良市内で犯した恐喝の非行により昭和三十一年六月十一日東京家庭裁判所において保護観察処分に付せられ、さらにその後も東京都北多摩郡小金井町等において自転車窃盗の非行を重ねたため翌三十二年三月二十日同家庭裁判所八王子支部において中等少年院送致の処分に付せられ、そのため同月二十六日頃から神奈川少年院に収容されるに至つたが、昭和三十三年二月十二日頃から同少年院院外補導生としてその頃右少年院に精肉等を納入していた前記小室義秀にその身を託され、同人方店員として被告人森本と同様右義秀の次男小室光康方に起居しながら主として前記義秀方に通つて精肉の販売、配達等に従事するかたわら右光康方住居においては被告人森本とともに同家の農業養豚あるいは豚の屠殺等に従事していたものであるが、被告人らの主人義秀(当時五十五年)およびその妻静子(当時五十七年)は日頃使用人に対して口喧しく、かつ金銭上も細かであつたため被告人らは予てより右主人夫婦の無情な扱いに対しすくなからず不満を抱いていたところ、たまたま被告人森本が昭和三十三年六月初頃かねて想いを寄せていた前記小室方の住込店員宮崎八千代(当二十年)と夜映画をみた帰途主人夫婦に無断で同店舗二階の宮崎の部屋に宿泊したことについてその頃右静子からいたく叱責されしかも他の使用人の面前で「家はパンパン宿ではないからいいかげんなことをしないでくれ」「お前と八千代とは身分が違うんだし、お前には八千代はもつたいない」等といやみをいわれたうえ、その後もことあるごとにことさら右の事実を指摘しては口喧しく叱責されたため内心非常な侮辱を覚え心おだやかでなかつたところ同年七月頃からは右静子の言動に被告人森本と宮崎の仲を割こうとする意図があるやにみうけられたところから、同被告人は右静子の仕打を極度に恨むとともに日頃何事にも口喧しい義秀に対してもふんまんを抱いていた矢先、同年八月中旬頃当時自動三輪車、小型自動四輪車の運転免許を得ようとしてその練習等のため義秀から支給される給料の大部分をこれに費やし小遣銭にも困つていた被告人鈴木から「何処かたたきにでも入るところはないか」といつて強盗でもして金員を入手したい旨告げられるにおよんで被告人森本もその頃小遣銭は母親から無心し得たとはいえ殆んど毎晩におよぶ飲酒のため所持金を遣い果し、時計等を入質していた折でもあつたところからこの際被告人鈴木を仲間にいれ同被告人と共同して主人夫婦を殺害して有り金を奪い併せて同人らに対する日頃の恨みを晴らそうと考えるに至り同月二十七日午後七時過頃被告人らの肩書住居附近道路上において、被告人鈴木に対し「どうだやらないか」と申し向けて同被告人の真意を確めたうえ、さらに「義秀夫婦には恨みがあるから二人を殺害して金を盗ろう。その前に息子の光康も殺してしまおう、そして家にいる豚を全部車で運んで売飛ばそう」とその計画を謀つたところ被告人鈴木は該計画が意想外のことであり余りにも現実味に乏しかつたところから一時は右被告人森本の言葉に疑念を抱いたが、被告人森本が執拗にその加担を迫つたため金を盗るためには同被告人とともに敢て主人夫婦を殺害することも辞さない旨一応の返答をしてその場を過ごしたが、同月三十一日午後九時頃主人義秀から被告人鈴木に対し電話で翌日の仕事上の指示が与えられた際翌朝同被告人は前記光康の嫁と一緒に働くよう命ぜられたところから同被告人は日頃主人から聞いたこともない言辞を、同夜に限つて耳にしたのは主人義秀が翌日から雇う使用人にかえて自分を解雇することを考えているものと一途に邪推して主人義秀の仕打をいたく恨むに至り、かかるうえはさきに被告人森本から打明けられた主人夫婦を殺害して金員を強取する計画に加担しようと意を決し前記電話の内容と同被告人の決意を被告人森本に告げたうえ翌日からは新たな使用人が義秀方店舗に寝泊りすることを慮り、直ちに右計画を実行するに如かずと同被告人に申向けてその賛成を得ここに被告人両名共同して主人夫婦を殺害し、金員を強取せんことの共謀を遂げたうえ、同日午後十時頃被告人らの肩書住居から被告人森本がその所有にかかるオートバイを運転し、被告人鈴木がこれに同乗して折柄の雨をついて前記義秀方住居に向かつたが時間が早過ぎるため途中津久井郡津久井町中野二百二十五番地いづみ飲食店こと大塚裕弘方に立寄つて各自中華そば一杯宛を食した後、同日午後十一時過頃同店を出発し、途中通行人に顔をみられることを虞れてことさら道路を迂回したり、あるいはオートバイの故障等もあつて約一時間位を要して前記義秀方附近に至つて下車し、まずオートバイを同家附近の義秀方で使用中の小屋の中に蔵つた後、同所においてたばこを一服吸つてから徒歩で義秀方店舗前に至つたが、同家奥にはいまだ電燈がついていたところから附近道路を一巡したうえ同家前の横浜銀行橋本支店倉庫脇の路次に至つて同家および附近の様子を窺つたところ附近に人影を認めたので暫らく同所に止まり、人影が立去るのを認めるや、被告人らは翌九月一日午前零時三十分頃ともども同家と東隣りの丸小屋小間物店との間にある義秀方開木戸から同家敷地内に入り同家裏側を巡つてその西側勝手入口の開木戸を開けて勝手場に至り、同所においてそれぞれ着用のジヤンパー(昭和三十四年地領第九〇号の三・六)および長靴を脱いでまず身仕度を整え屋内の様子を窺ううち、主人義秀が便所に行くため起床し階下四畳半寝室の電燈をつけたところから被告人両名はいずれも急拠同家営業用冷蔵庫と西側階段の間に身をひそめ折柄柱時計が午前一時を報ずるのを耳にしながら同所において約三、四十分間屋内の動静を窺い主人義秀らの寝静まるのを待つて、被告人森本は勝手場隅にあつた道具箱の中から長さ約三十七糎の鉈一丁(同号の一)を取つてこれを右手に持ち、被告人鈴木は西側階段にあつた長さ約四十二糎のパイプレンチ(同号の二)を手にし足音をしのばせつつ同家中廊下に至り被告人森本は主人夫婦の寝室四畳半の間の東側襖障子を開けて被告人森本、同鈴木の順で同所から相次いで右寝室に立ち入り、まず被告人鈴木において同室の螢光燈の補助燈をつけ、被告人森本において折柄同室西側を頭に妻静子と枕を並べ熟睡している義秀の頭部かたわらにひそかに忍び寄るや、やにわに右手に持つた鉈を振上げて義秀の頭部めがけて力一杯打ち降し、ついで右義秀の脇に就寝中の妻静子に対しても同様右の鉈で数回続けざまにその頭部等に力一杯斬りつけたところ、折柄義秀がやや体を起こしかけたところから、これを目撃した被告人森本は義秀の足下に佇立していた被告人鈴木に対し殴れと声を掛けたのに応じ同被告人も直ちに所携のパイプレンチをもつて義秀の頭頂部を二、三回強打し、もつて被告人両名共同して義秀および静子の頭蓋骨を破砕しかつ脳を挫滅せしめて同所において右両名をして即死せしめたうえ、被告人鈴木において同室洋服ダンス前にあつた銭入用木箱内より小室義秀所有にかかる現金三千四百円在中のビニール製財布一個(同号の九)を強取したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人両名の判示小室義秀、同静子に対する各強盗殺人の所為はいずれも刑法第二百四十条後段、第六十条に該当しその各罪はそれぞれ同法第四十五条前段の併合罪であるところ、被告人両名が等しくその感受性最も強い少年期と本件犯行時を通じて家庭的愛情に恵まれることなく成長したうえ被害者小室義秀方に雇われてからはその徳性、情操において未熟な年頃にある被告人らに対し悪影響の中でもその影響最も著るしいと思われる豚の屠殺、解体に日頃従事せざるを得なかつたことはそれが主人から命ぜられる業務であつたとはいえ誠に悲しむべきことでその点同情を禁じ得ない訳ではないが、本件犯行は計画的に、しかも頭初より金員強取の目的で主人夫婦に対し敢行されたものであるのみならず、その犯行たるや全く人をして目を覆わしめるような極めて残忍かつ冷酷な方法で一気に両名を惨殺したものであつて、その社会に与えた不安も誠に絶大なものがあるといわざるを得ないし、また一瞬にして平和な家庭をじゆうりんされた遺族の悲歎を思うとき被告人両名の刑事責任は極めて重大なものといわざるを得ない。とくに被告人森本はさして首肯すべき理由もないのに自己の非行をとがめられたことを根にもち本件犯行を積極的に計画推進し、何らの躊躇、苛責を感んずることなく主人夫婦惨殺の犯行を主導的に行つたばかりでなく、その後本件が起訴され当裁判所において審理を受けるに至つてからも護送の途次看守の目を盗み被告人鈴木に対し刑務所において秘かに記したメモ(昭和三十四年地領第九〇号の二〇)を手交し、死人に口なし云々と冒書し、本件犯行の模様についてことさら事実を歪曲しようと謀るなどし、その間一片の悔悟の情すら看取されず、その犯情において毫も酌量の余地は存しない。他方被告人鈴木は少年時代において数々の非行を重ね、かつまた本件犯行を犯しているが本件については必しも主導的な役割を果たしたものでなく、むしろ同被告人の性格的な無統制、意思欠如から被告人森本のいうがままに行動した傾向がその犯行自体から看取されないわけではなく、しかも本件犯行は同被告人が少年法にいわゆる少年の域を未だ脱しないうちに行われたものであるばかりでなく当裁判所における審理においても被告人森本の前示画策に応ずることなく本件犯行をひたすら後悔し、改悛の情顕著なものが認められる。よつて同法第十条によりいずれも犯情重いと認める小室義秀に対する強盗殺人罪の刑により所定刑中被告人森本に対しては死刑を、同鈴木に対しては無期懲役を各選択し、同法第四十六条第一項第二項各本文によりいずれも他の刑を併科せずに被告人森本正夫を死刑に、同鈴木守雄を無期懲役に処することとし、領置にかかるビニール製財布一個(昭和三十四年地領第九〇号の九)は本件犯行により得た賍品で被害者に還付すべき理由が明らかであるから刑事訴訟法第三百四十七条第一項により被害者小室義秀の相続人にこれを還付することとし、被告人両名の訴訟費用については同法第百八十一条第一項但書を各適用してこれを被告人らに負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 松本勝夫 三宅東一 神田正夫)

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